タコの卵

どこまで我慢するのが身近な恐怖なのか

世界の名著1 原始仏典 仏教の原点を知る 短篇の経典感想

原始仏典を読み終えたので感想を書いていく。
日本では宗教と言えば仏教のイメージがあるぐらい浸透している。日本の行事は仏教スタイルが多い。葬式なんか仏教9割りぐらいだろう。

 

そんな仏教の原点。

最古の仏教に迫るのが原始仏典だ。

原始仏典

超初期の仏教と思ってもらえば間違いない。仏教の原型だ。
仏陀の言葉がリアルに残されている。なのでオリジナルの本物の仏教は原始仏典にあるとも言える。
超常現象っぽい話は少しだし、あくまで仏陀の教えが書かれている。
なので、バラモン教と比べるとすんごく読みやすくて感動した。仏教最高!

目次

 

抑えておきたい仏教用語

◆縁起

「此があれば彼があり、此がなければ彼がない、此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す」

原因があるから結果もある!みたいな感じ。
「あるものに縁って他のものが起こる」とか書いてる。中々難しいが、因果関係っぽい。

◆涅槃

煩悩が吹き飛んだ状態。
「人間の本能から起こる精神の迷いがなくなった状態」とも言われてる。
一般的には悟り開いて解脱した状態で死ぬと涅槃に行くとか聞くよね。だいたいの意味はあってるかと。

 

仏陀のことば (角川選書)

仏陀のことば (角川選書)

 

 


「説法の要請」

世尊(仏陀)は悟るために色々厳しい苦行をする。
その結果

苦行いみないな……。

って思って苦行やめる。苦行やめて樹の下で座禅しまくった結果!!

悟りを開く

ヤバイ。悟り開いた。悟り開いたなぁ……嬉しいし楽しいからそのまま座禅しちゃおう。
って感じで、永遠に樹の下で座禅してたら

流石にやばくない??

って思った梵天(ブラフマー神)が登場する。
これが有名な「梵天勧請」だ。

梵天はバラモン教の神様。バラモン教の神様が世尊の元に来るから大事件。

 


「世尊さん、素晴らしい悟り開いたならみんなに教えてあげてよ。」

「でもなぁ。世の中の人って五感でめっちゃ楽しんでるでしょ?悟りってその五感から解放だし意味わからんと思うのね。無駄じゃないかな?」

「世尊さん!何のための悟りなの!!みんなに教えなきゃ!みんなを救って!」

「宇宙の最高神がそこまで言うなら……よっしゃ!いっちょやったるか!」

 

って流れの話。

大重要イベントにしてめっちゃ有名。
だってバラモン教の最高神が世尊にお願いしに来るなんて凄くない?って話だからね。

 

「はじめての説法」

中道 二つの極端に近寄らないこと

欲望的な快楽。愛欲快楽の追求はやめなさい。
苦行とか辛い事を進んで行うのはやめなさい。

ちょうどその中間ぐらいがいいぞ。
それが中道という。
まずはこれを目指しなさいね。とにかく何かに極端になるのはやめなさいね。

次は八聖道ってのがある。

正しい見解
正しい思考
正しいことば
正しい行為
正しい暮らしぶり
正しい努力
正しい心配り
正しい精神統一

を守りなさいね。正しく生きるのがコツだぞ。
聖なる道だぞ!

四聖諦ってのは

苦諦 迷って生きると苦であるという真理
集諦 苦には原因があるという真理
滅諦 苦は滅するという真理
道諦 苦を滅する道は八聖道にあるという真理

つまり、人生は苦しい。
苦しいのがわかったら聖なる道を歩みなさい。

聖なる道こそが解脱への道なんだよね!

って言ってると思う!!!

長くなったけど、中道は凄く気に入った。極端は良くないよな。ちょうどいい感じってのがあるんだよ。美味しんぼでも何時でもとんかつ食べれるぐらいが良いぐらいって言ってた。あれは中道そのものだ。

仏陀良い事いうでほんまに。

あとの八聖道と四聖諦とか他にも五蘊とかあるけど難しい。難しいけど勉強する価値ありだと思う。仏陀ええぞ。

 

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「サミッディの出家」

出家はしたものの、ややもすればなお迷いに惹きつけられる若いサミッディの心に鬼女との対話を通じて語りかけていく仏陀の言葉。

サミッディが沐浴してる時に鬼女がきて

 

「とりあえず色々楽しんでから托鉢とか出家とかしたら?青春過ぎ去ったらもったいないよ!」

「時とか知らないから。享楽にふけずに托鉢します。修行の時が過ぎ去ったほうがもったいないよ!」

 

「サミッディは若くして出家したよね。もっと人が求める欲望を享楽してよ。現実から目をそらして、長い時間を必要とする修行を追いかけてたらだめよ」

「ちゃうねん。現実から目をそらして、長い時間を必要とする事柄を追い求めているんじゃなくて、時間に関する問題を捨てて現実を追及してるんだよ。」


「世尊も言ってたけど愛欲に満ちた時間に属する問題は苦しみが多くて困難なことが多いし災いがめっちゃある。」

「わからんなぁ。なんでそんなに問題があるとかいうの?愛とか素晴らしいよ?」

 

「わたしも最近出家したものだから詳しくはわからん。そうだ、近くに世尊いるから聞いてみたら?」

「無理よ!だって世尊は超強い神々が取り囲んでて、われわれみたいな低級な鬼女が近づけるわけないじゃない!!サミッディが聞いてきてよ!近くまで一緒に行くからさ!」

 

世尊に聞いてみた。

「ことばで表現されたものを真実と考えているだけの人々は、こどばで表現された世界の中で暮らしてる。彼らはことばで表現されたものを知らないから死神にとりつかれてしまう。ことばで表現された本質を完全に知りそれを表現する主体を考えない。こんな人は死神にとりつかれないし、ことばによる表現のが過失に陥ることもないぞ。」

 

サミッディ

「ごめんなさい。難しすぎて意味わかりません。もう少し簡単にお願いします。」

 

世尊

「自分は他人に優るとか、劣るとか勝手に考える人は、そう考えることによって他人と争う。これら三種の心の持ち方において心の動揺しない人、こんな人は等しいとか優ってるとかって考えもしない。」

 

サミッディ

「本当にごめんなさい。まだわかりません。もっとわかりやすくお願いします。」

 

世尊

「ことば(による概念)を設けることをやめ、あれこれむだに考えることなく、この世の名色に対する渇望を断ち切った人、そのように束縛を脱し、動揺なく、無欲な人を、神々や人々が探し求めてもこの世でもあの世でも、あるいは天界でもいろんな場所でそれを見出すことはなかった」

サミッディ

「わかりました!!つまりこうですね!」

「あらゆる世界で、いかなる悪もなされてはならない、口による悪も心による悪も身体による悪も。愛欲を断ち切って思慮深く、自ら正しく省みて、何の益ももたらないところの苦に近づくべきではない……と。」

鬼女に言ってきますわ!!

 

サミッディの理解力のなさ!!世尊優しいな。三回も言い直してるし。

そして鬼女が可愛い。世尊の元なんか行けないよ……そんな事よりあたいと一緒に遊ぼうよ!きっと楽しいよ!って逆ナンしてるのに気づかないサミッディ!!!

鬼女からの逆ナンとか凄いじゃん!!青春取り戻そう??

 

「四種類の人」

世尊と王様の会話。

世の中には四種類の人がいるとみなされている。

 

闇から闇に向かっていく者
闇から光に向かっていく者
光から闇に向かっていく者
光から光に向かっていく者

 

闇から闇に向かっていく者


卑しい身分の家に生まれ、みじめな人生に運命づけられていて、かろうじて衣食が得られる状態の人。
この人はまた、生まれつき醜く恐ろしい姿をしていて病気がちである。その人が身体を動かして悪いことをし、口に悪いことばを語り、心に悪い思いをいだく。
このように悪行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、不幸な状態、煉獄に生まれる。

 

闇から光にむかっていく者


上と同じ闇状態の人が、身体を動かして善い事をして善いことばを語って、心に善い思いをいだく。
そんな善行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、善い場所、天上界に生まれる。

 

光から闇にむかっていく者


高貴な身分の家にうまれ、豊かで大財産を有し多くの金銀、多くの家財道具があり、超金持ち状態の人。
しかも、超美形で愛らしくスタイルも完璧で手に入らないものはない。
しかし、その人が身体を動かして悪いことをし、口に悪いことばを語り、心に悪い思いをいだく。
このように悪行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、不幸な状態、煉獄に生まれる。

 

光から光にむかっていく者


上と同じ光状態の人が、身体を動かして善い事をして善いことばを語って、心に善い思いをいだく。
そんな善行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、善い場所、天上界に生まれる。

 

つまり

闇から闇をわかりやすく言うと貧しく信仰もないし貪欲な人がいる。彼は利己的で悪い思いをいだき、誤った主義に生き、敬愛の心がない。沙門や婆羅門や、その他、乞食の行をなす人々を嘲り罵り、虚無論者であって、心に怒りをいだき、食を乞う者に、だれかが与えようとするのを邪魔する。

こんな人が死ぬときは恐ろしい煉獄にいく。これが闇から闇よ。

王様わかった?

 

ってか闇生まれ酷い。闇属性とか簡単にいっちゃいかん。闇やばいよ。超貧乏で見た目も悪いし性格も悪いとか終わりさ。光に向かおうな?ってか光生まれチートすぎ。差がありすぎて闇になりそう。

 

「耕作者」

世尊が農村にいるとき托鉢してたら耕作者の婆羅門が申し上げた。

 

「沙門よ、わたしは自分で耕し、種もまいて、自分で作った食べ物を食べています。沙門もご飯食べたかったら自分で作りなさい。」

「婆羅門よ、わたしも耕し、種もまいてますよ。」

「なにがよ。尊師の鍬や牛も畑もみえないが。何をもって耕してるとかいうの?説明してほしい。」

 

そこで世尊は詩節をもって答えた。


「信仰は種子、苦行は雨、知恵はわたしにとって軛と犂、慙愧の思いは犂の柄、思考が軛の綱、そして思慮深いことがわたしの犂の先ともなり、鞭ともなる。」


「悪行から身をまもり、口を慎み、食事にあたっては食を慎み、真理をもって草刈りをし、涅槃の楽しみがわたしのいこいである。」


「精進努力がわたしの軛をはめられた牛であり、安堵の涅槃の境地にわたしを運ぶ。」


「再び帰ることなく涅槃へ進み、到達し終ってはもはや憂いがない。このように耕作をなし終わって、耕作者はいっさいの苦から解脱する。」

 

「尊師ゴーダマ!!どうが僕が作ったごはんを食べてほしい。尊師ゴーダマは耕作者です!まことに不死の果実を耕作するするおかたです!!食べて~~~!!」

 

耕作者。速攻で論破されてるさ。そして世尊。

 

何言ってるかわからん!!!

 

すっごい屁理屈なような気がする!でも凄みがあるありがたい言葉なんだろうな。

俺はとんかつ定食食べてる時に横にこんな事ぶつぶつ言うやつがきたら絶対ご飯あげないけどね!!

 

「善いことば」

 

世尊がいう

四つの条件をそなえたことばが善い言葉といわれるものだよ。

 

比丘がいて、彼は善いことのみを語り、悪いことを語らず、正しい理(法)を語り、理に反すること(非法)を語らず、好ましいことを語り、好ましくないことを語らず、真実を語り、偽りを語らない。これら四つの条件をそなえたことばが善い言葉であり、悪いことばではなく、知恵のある人々にとって、たたえられるもの、非難されないものだよ。

 

善逝がわかりやすくポエムにした。
1善い言葉をかたれ
2正しい理を語れ、理に反することを語るな
3好ましいことを語れ、好ましくないことを語るな
4真実を語れ、偽りを語るな

 

とドヤ顔。
それを聞いていた長老ヴァンギーサが
「世尊。完璧にわかったぞい。わたしにはわかった!」

「超うれしい。ヴァンギーサにこそわかって欲しかったの!」

 

なにこの夫婦。完全にヴァンギーサ大好きさ世尊。

でも、世尊って「○○にこそわかって欲しかったの!」って言いがち!結構言う。やっぱり褒めるスタイルの先生がいると捗るよね。みんなで仏教の勉強する時も褒められると嬉しいもんな。

 

「病つきヴァッカリ」

ヴァッカリが病気でやばいから世尊に会いたいって話すと、世尊はヴァッカリに会いに行く。

世尊は「ヴァッカリどう?元気は?いろいろな痛みの感じももう薄らいで増さないのではないのかね。」

「もうしんぼうできません。めっちゃ元気もないですし、ガンガン痛くなってます。痛さ増してます。」

「ヴァッカリ悩みある?後悔することとか?」

「実は……少しあります。長い間世尊のおそばに参ろうとしたんですが、病気だから無理でした。」

「もうそういうことはやめなさいね。わたしが、腐敗していくこの肉身を見たからってなんになるの?」
「ヴァッカリよ、ものごとの理法を正しく見る者は、わたしを見るのであり、わたしを見る者は、ものごとの理法を正しく見ることになるのです。法を見る者は仏を見る。仏を見る者は法を見る。ってね!」

「ヴァッカリよ、ものは永遠に不変なのか?無常なのか?」

「師よ、無常です。」

「感受、想念、因果的存在、心は永遠に普遍なのか?無常なのか?」

「師よ、それらはすべて無常なものです。」

「こういうわけだから、このように、全てのものが無常であることをみて、再びこの(苦の)世界に生をうけることはないと知るのである」

それを告げると世尊は帰った。
ヴァッカリは「このまま家で死ぬとかない!仙人洞窟に連れてってください!」

夜が明けると、ふたりの鬼神が世尊に
「ヴァッカリは解脱したいと考えてるみたいよ」
「師よ、彼はよい解脱のあり方で解脱するでしょう」
そう告げると消えていった。
世尊は
「ヴァッカリに伝えて!鬼神が二人来てヴァッカリの解脱最高って。超解脱するって。ヴァッカリよおそれるな、おまえの死は罪に汚れていない。罪なくして臨終を迎えるであろう。と。」

それを聞いたヴァッカリは
「もう無です。無常です。苦も欲望も愛着もないです。何もかも無ですと世尊に伝えてください。」
そういうとヴァッカリは刀をもちだした。

「ヴァッカリはそう言ってました。世尊どうします?」

「さあヴァッカリのもとにでかけよう!善男子ヴァッカリは刀をもち出している。」

世尊は遠くから身体をふせて横たわってるヴァッカリを見ていた。


みんなでヴァッカリの丘に向かう途中一面にたちこめた黒雲が東に西に北に南に空高く舞い上がり低く這い下がっていった。
「みてみ?あれは悪魔がヴァッカリ探してるねん。どこかなー?って」
「でも、ヴァッカリは完全な涅槃にいったからね。無駄よ。」

 

 

なんだか切ない話だよね。

ヴァッカリは死んじゃったけど、涅槃に行ったみたいで良かった。この話ってもしかして安楽死の話なのかな?病で苦しんでるヴァッカリに世尊がもうゴールしていいよ?鬼神も太鼓判押してるしさ。大丈夫。刀で一思いに……。みたいな。

もし違ってたらごめんだけど、そんな風に感じた。

 

「流れる丸太」

みんなで集まってるときに大きな丸太が激流に流されるのをみた世尊が中道を流される丸太に例えて説明した。

 

もし丸太が、岸の近くで捕まえられないなら海にたどり着くよ。
もし丸太が、あっちの岸で捕まえられないなら、海にたどり着くよ。
もし丸太が、水に沈まなかったら、海にたどり着くよ。
もし丸太が、小さい島に打ち上げられなかったら、海にたどり着くよ。
もし丸太が、人間にとりあげられなければ、海にたどり着くよ。
もし丸太が、神々にとりあげられなければ、海にたどり着くよ。
もし丸太が、渦巻きによって沈まなければ、海にたどり着くよ。
もし丸太が、腐らなかったら、海にたどり着くよ。

 

丸太が8つの障害を避けていけば海に行くってこと。ようするに8つの障害を避けていけば涅槃に行けるよ。って世尊が言いました。

 

丸太の例えをわかりやすく言うと

感覚器官に囚われることなく
眼に見える対象に囚われることなく
悦楽・欲望に囚われることなく
自我の妄執に囚われることなく
社会性・人間関係(付き合い・同情)に囚われることなく
神秘主義に囚われることなく
五感による欲望にまきこまれることなく
偽り・欺瞞を隠して生きることがない
ならば、悟り、涅槃へと到達するであろう。

なるほど。これは非常にわかりやすいし聞いたことあるよね。

丸太に早速例える世尊のとんちっぷりも良い。

肝に銘じて行きたい丸太の説法ですな。

 

まとめ

これが原始仏教。凄い。めちゃくちゃ良い事しか言ってない。仏教最高さ。改心しそうだけど。解脱超したい。勉強として読むとブッダ良い事いうなぁ~って感じになる。

 

ってか世尊の言うことを信じるとするならば

 

日本のお寺ってなに???

 

ってならない??金とか権威とか……なんなの??ちょっとムカついてくるんだけど!!世尊また来て!日本で説教して!!!

 

続きは中編の感想で!

 

世界の名著〈1〉バラモン教典,原始仏典 (1969年)

世界の名著〈1〉バラモン教典,原始仏典 (1969年)

 

 

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